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2020年前期を振り返る:映画研究会編

2020年度前半を振り返って(映画研究会)

⚪︎新型コロナウイルスの影響もあり四月以降、大学現地でほとんど活動をすることができず、また緊急事態宣言の発布で一時期映画館に通うことすらもできなかったため、今年の前半はオンラインによる映画配信に頼っていた。例えばシネマテーク・フランセーズは4月から7月15日まで創設者のアンリ・ラングロワの名を冠した『アンリ』(https://www.cinematheque.fr/henri/)というサイトを立ち上げて毎日一本ずつ貴重な作品を配信し続けるという試みを行っていて、これは貴重な作品に出合ういいきっかけだった。実は広島国際映画祭(HIFF)は、2015年度から2018年度までシネマテーク・フランセーズとの共同企画を行っていたこともあり、今回の配信ではその中で上映された希少な作品(「アッシャー家の末裔」「ツバメ号シジュウカラ号」「セルジュ・ダネーとジャン・リュック・ゴダールの対話」など)も含まれていて、もう二度と見ることがないと思っていた作品との奇跡的な再会も悦ばしい限りであった(これらの作品群は配信が終了した現在も上記に記載したリンクから視聴が可能である)。又カタルーニャシネマテークのペレ・ポルタベーラ監督のオンラインレトロや、ミュンヘン映画博物館のクラウス・ウィボニー監督(日本では2016年に一回だけ東京、神戸でレトロが組まれただけのドイツの実験映画監督)のオンラインレトロ、日活の川島雄三監督オンライン配信などが開催されたこともあり、まがいなりにも映画ファンを名乗っている人間的には、新たな映画を発掘する機会に恵まれたことは幸いであった。

 

⚪︎しかし、学生として映画に向き合う機会が今年前半は圧倒的に欠けたことは否めない。私自身の多忙さもあって未だ新入生向けの説明会は満足に開催することはできておらず、また当初予定していた新歓企画は10月以降の大幅な延期、さらに課外活動再開からの一方的な排除なども大きく響き、夏季休暇を経て10月からいかなる形で活動を再開するかの見通しも立っていないのが現状である。その中で現在課外活動再開のための協議を多様なサークルと行っており、自主的に感染対策を施しながら活動を行っていくための理念の形成を図っており、引き続き協議を重ねていく所存である。新歓企画に関しては、10月以降の開催を目指し現在関係者各位と鋭意準備中である。続報をお待ちいただきたい。大学祭企画に関しても同様。

 

⚪︎あと一つ、オンラインが故に実現した企画の監修という名目でお手伝いをさせていただいている。全国の映画研究会が集まり一つの映画をオムニバスという形式で作るという映画『突然失礼いたします!』という作品である。この作品の概要は以下の通り。

映画というものは元来「光の芸術」と呼ばれています。暗闇を照らす⼀筋の光は私たちに様々な体験を提供してきました。しかし、現在その状況は脅かされ、私たちは⽇々不安を抱えながら、閉塞した世界で⽣活しています。私たちはこの世界を僅かに照らす⼀筋の光を⽇本中から集め、⼀つの映画を作りました。
映画を愛する多くの⼈たちへ。ひとときの安息として、この映画を捧げます。(企画概要)

実際、私のところにも総監督である熊谷宏彰氏(群馬大学)から、タイトルとなった「突然失礼いたします!」というラインが届き映画製作への参加を打診された。これまで既存の映画=ある程度の完成された映画を取り扱ってきた映画研究会としては、これまで経験したことのない自主映画の作製、学生映画を扱うというまたとない機会となると思い参加させていただいている。

2019年に惜しくも亡くなったフランスの映画批評家ジャン・ドゥーシェの言を借りるならば、映画は運動の痕跡である。現にドゥーシェ追悼となったアンスティチュ・フランセ日本の企画「批評月間」にて上映された、ファビアン・アシェージュ、ギヨーム・ナミュール、ヴァンサン・アセール共同監督によるドキュメンタリー映画ジャン・ドゥーシェ、ある映画批評家の肖像』(2018)において、映画批評家ドゥーシェは自他共に認める声の映画批評家であると自認している。むろんドゥーシェ自身は、映画批評に関する著作を残している(『カイエ・ドゥ・シネマ』の副編集長も務めていたほどである)が、彼はアンリ・ラングロワの存在を重視し、ラングロワの没後から自らの死に至るまでシネマテーク・フランセーズ、あるいは地方のシネクラブを渡り歩き、多くの作品の分析について上映後に声で直接話し、観客との対話を行ってきたことを主な活動としていた。この作品の中で、ドゥーシェから言わせると映画とは、完成された美術品なのではなく常に運動の中で見いだされる未完成のものでなければなければならない。ゆえに、映画批評において重要なのはテクストの完成ではなく、未完成の声の存在、議論により豊饒化される映画の意義を重視することであるとドゥーシェは考えていたのではないのだろうか。

だからこそ、今回の映画には、テーマを固定し一分以内という映画という未完成の運動を詰め込んだ今作には、ドゥーシェが見出す映画としての本質が顕現し、コロナ下における映画における反演劇=男女の生きた記録としての真実が生まれるのである。本篇は8月16日からYOUTUBEの特設チャンネルで10月30日まで公開されるので、ぜひとも大学生の生きた記録としての本作をご覧いただきたい。

公式サイト:https://a.japaration.jp/

公式ツイッター:

mobile.twitter.com

⚪︎最後になるが、ウィズコロナを踏まえた一つの短文を掲載する。これはある紙面への原稿として寄稿したものであるが、ここにも同じものを掲載する。本文はコロナ下で授業が寄宿的なものではなくオンラインという声のみの現象として変化した今、映画史における「サイレント映画」優位論に対しそれに対する疑義と、現前する音による映画のひとつの形態として、ドゥボール『サドのための絶叫』、そして四月に公開されたジャン・マリー=ストローブ«La France contre les robots»を簡単に分析したものである。

 

 声の存在、身体の不在:映画による覚書

                                   小城大知

 

 新型コロナウイルスの影響で、四月から課外活動施設が閉鎖され、さらに大学閉鎖により授業がすべて前期の期間はオンライン開催、図書館の使用も制限になったこともあり、ある種暇でありながら慣れぬオンラインに苦しむ日々が続いている。朝早起きしなくてよくなったことにかこつけて朝8時台に起床する日々が続き、授業を受け食事をし、ウイルスがあるのであまり外出しないこともあり、体力と知力が日々削られていることを実感させられている。私はニートであるのか?ニートに違いない。半分寄生虫のごとく在宅で研究をする日々である。

 そういうこともあり、人との交流も少ない。事実会話をする生身の人間は同居する両親と、たまに会う近所の住人くらいなもので、学生はおろか同級生や日々活動する仲間とも「生身では」会話をすることがない。考えてみると実は映画の歴史と逆の現象が起きていて、今現在対話において「身体が不在している状況」を生きているのである。

 どういうことか。映画の歴史を考えてみると、もともと映画は音の存在しないサイレントの記録映像から始まっている。その後も映画はトーキーが出現するまで、沈黙の映画(silencieux) である。これは最近カラーでも、沈黙の映画の存在が明らかになってきており、フランスの映画工房アルバトロス・スタジオのもと製作されたジャック・フェデーの«Gribiche»(1925)なんかが代表例である。トーキーは音声と映像が人為的に同調させなければならないがゆえに、実は自然な状態ではないと考えられていた。実際、撮影装置と録音装置が併存する中で、蓮實重彦は、視覚と聴覚の間の政治性の優劣も主張しているくらいである。撮影現場では、カメラは自由自在に位置を変えることができるが、録音を担当する技師の立ち位置は、カメラの位置に固定される存在である。そのために、音の存在は映画史の中で抑圧されてきたと考えることもできなくはない。当然ビデオカメラの出現により音声とビデオを同時に自然に複製することは可能にはなった。だが、我々は実際に映像のイデオロギーに左右されることが大きいことは否めないだろう。8.6の映像を見る時に我々はぴかっと光るきのこ雲の存在を原爆投下の映像として、鮮明に記憶するがその中で爆発音に対して目を向けることは少ないのではないだろうか。そういう意味ではジャン・リュック・ゴダールが「映画が19世紀のリュミエールのシネマトグラフによる運動の視覚的表象に始まり、20世紀に完成した産物である」と主張することはあながち間違いではないのかもしれない。

 だが、実際我々は身体が見えぬ中で、なぜにか声のみで「会話」や「会議」ひいては「授業」をしているものだから不思議で仕方ない。例えばジャック・デリダは『声と現象』という著作の中で、「声の優位」を露呈させるものとして「自己現前」下における声は声足りえないことへの批判を展開しているが、現に今の状況を考えると、声は声のみでまた一つ独立した現象を、あるいは身体性を持つのである。そういう意味で、映画は声の存在を恐れていたのかもしれない。そっくりそのまま視覚のみで再現される身体表象が、声という独立した存在で塗り替えられるかもしれないということを。そういう意味で、「表象不可能性」を打破するカギは独立した何かを失った生身の身体ではなく、独立した現象を持ち、その変遷を受け入れることができる声なのかもしれない。故に我々は身体での会議ではなく声で遠隔で会議をしても意思一致がとること、そしてそれが社会そのものをとらえる最後の希望として託しているのである。

 そういう意味で面白い映画として、ギー・ドゥボールの『サドのための絶叫』(1952)を挙げたい。この作品は、批評家であるドゥボールが初めて作った「映像作品」としての映画である。とはいえ映し出されたものは何もなく、フィルムが回り続ける中で描かれるのは、イズーやジョイス、新聞や民法典の文章などを読み上げる叫声である。この作品が描くのは声による表象とそれによってもたらされる身体性の喪失としての生身の身体そのものを映し出す映像への強い抵抗である。ドゥボールが、近代的生産条件が支配的な社会では、生の全体がスペクタクルの膨大な蓄積として現れることを考え、そのイメージによって媒介された社会の諸関係を批判することを軸にしていることを考えていることを前提にすると、この作品における意義は、初期のドゥボールが視覚イメージを批判し打破するという文脈において極めて重要なものになるだろう。

 また、ジャン・マリー・ストローブの新作短編『ロボットたちに対抗するフランス』(2020)も興味深いだろう。ストローブは長年ブレヒトの異化効果を意識し、その映画的実践を演劇的に考えるうえで、視覚イメージよりもそのテクストの再現を重視してきた監督であるが、この作品もまさにそうである。映し出されている男性は画面上で顔を向けるわけではなく、川辺を一人歩きながら、ジョルジュ・ベルナノスの同名テクストを原文のまま朗読するだけである。そこで意識させられるのは紛れもなくテクストであり、読み上げられる男の音が独立して存在していることである。本作は前述したジャン・リュック・ゴダールにささげられたものであり、この意味ではストローブによる意趣返しのようにも見られるだろう。

 この映画は最後このような言葉を残して終わる。「技術が支配した世界は自由に敗北して終わる」と。イデオロギーの転向に苦しめられたこの作者が主張する反テクノロジー革命は、資本主義にまみれた革命の状況や、帝国主義にまみれたヨーロッパ精神への痛烈な批判として我々にその存在をさらけ出す。その中で、テクノロジーを利用しながらも、学術的本質を失いかけている大学に対し、我々は声のみの状態を脱却した後、その独立存在としての声と共に自らの身体をさらけ出す(exposés)準備ができている。

 

参考文献

蓮實重彦「フィクションと「表象不可能性」:あらゆる映画は,無声映画の一形態でしかない」『メディア哲学』(東京大学出版会、2015年)

ジャック・デリダ『声と現象』(筑摩学芸文庫、2005年)

ジョルジュ・ベルナノス『ロボットたちに対抗するフランス』(原文はGallicaのサイトで閲覧可能)